火曜日, 10月 24, 2006

ようやくAdSence

Adsenceの設定が良くわからなかったのですが,ようやく完了したようです。

Web2.0,誰の知識も共有,そして誰もが発信,誰もがコマーシャルの恩恵に。テールに着目。

創造性は?アイドリング状態の人の頭脳の創造性の有効利用。ちょっとした隙間の時間に思いついたアイデアの共有。同様に,将来はきっと人類という一つの複合生命体の頭脳として組織化されることができるようになるのでしょうね。

金曜日, 10月 13, 2006

原子力と核

北朝鮮が核実験を行いましたね。

15年ほど「核」という文字のつく関係の研究(核融合のしかも電気関係の技術開発ですが)に携わり,今なお末節ながらそうした研究のお手伝いをしている身分としてはやや複雑な気分です。

だからそういう技術開発はしない方が良いというのは短絡的な思考であると思います。なぜなら技術開発は実際止まらないからです。良くも悪くも。技術開発が進むにつれて影響は大きく,広くなっていきますけれども,それをどうコントロールするか,結局はヒトのこころの問題となると思います。

情けないのは子どものいざこざ,やくざのいざこざ,そして国対国のいざこざに類似性を感じることです。カードとして使おうとする武器が異なるだけ。文明は進化の一途を辿りますが,ヒトのこころの文化はあまり進化しない?なぜならここのところヒトは生物としての進化が止まってしまっているから。むしろ退化しているのかも知れませんね。生物の種として老化の時期,レミングの集団行動の時期か。とまで書いてしまうと厭世観漂いますが,例えば千年後人類はどうなっているか,と考え出すとあまり良いイメージが湧いてこないのは私だけでしょうか。結構賢明な人達,普通に生きることを尊ぶ人達は多いと思うのですが,人類の総体として賢明な道を将来辿り続けることができるかどうか…。

私たちは次世代以降の人達のために今何をすればいいのでしょうか。

日曜日, 10月 08, 2006

知財学ゼミナール

昨日(2006/10/7)は六本木にある政策研究大学院大学において知財学ゼミナールがあり,4人のプレゼンターのうちの一人ということで知財教育について私の思うところをお話ししてきました。知財学ゼミナールは日本知財学会の活動の一つであり,詳細はこちらに書かれています。私は今回からの参加ですが今後コアメンバーとして関わらせていただくこととなりました。

発表はまず
  • 三重大学現代/知財教育GP「全学的な知的財産創出プログラムの展開」の紹介
  • 上記現代GPの活動に至るまでの初等中等教育を中心とした知財教育の取り組み(特許庁受託研究)
  • 特に中学生ロボットコンテストにおける模擬特許制度など中学校技術における先進的な知財教育の展開(三重大学村松浩幸助教授を中心とする取り組み)
を紹介し,その上で次のような提案をしました。
  • 様々な形態の知財教育 専門家養成ではなく,万人向けの知財教育の必要性
    日本知財学会ではこれまでのところ知財のエキスパートを養成する意味での知財人材育成の議論は多いが,広く知財に関する教養を広めるという観点,あるいはその教育の展開方法についての議論はほとんどされてきていない。そこで「知財教育」という括りで分科会を作り,全国大会でもそうしたセッションを作り,議論を行いたい。
  • 文部科学省の現代GPのうちの一つのテーマ:知的財産関連教育の推進に関して採択数は
     平成16年度 5件
     平成17年度 6件
     平成18年度 5件
    とすでに16件に至っており,様々な特徴のある知財教育が展開されているが,今のところこれらの大学が一堂に会し意見交換をする場が設けられていない。上記分科会のコアメンバーとしてこれらの大学の方に加わっていたければ分科会はそのような場となると共に,知財教育について学術的にまとめつつ,よりよい知財教育について発信できる機関となることが期待される。
というのが大きな所で,実際分科会を作ることで作業を進めるつもりです。

あと細かいお話しとして次のようなことも言いました。
  • 初等中等教育に知財教育をと考える場合 教員向けの教育の必要性
    (将を射んとせばまず馬を射よ)
  • 義務教育段階について学習指導要領に知財教育の文言を
  • 体験型知財教育を(自らの著作物,発明について知財を考える)
  • 覇気のない生徒,大学生が増えているが,知財教育はそのやり方によっては「やる気」の源泉に
  • 「知的財産教育」というのはどうも教育現場に浸透しにくい
  • (「イノベーション教育」はどうかといった意見がゼミナールで出ました)
最後については良い用語を募集中です。

金曜日, 10月 06, 2006

理系の教育:中国と日本との相違

9月4~8日の間,学生らと共に中国内モンゴル自治区にある内モンゴル師範大学のお世話になりながらモンゴル民族の小中学校を訪問,授業を見せていただきました。

昨年度から三重大学の近隣の小学校に科学ものづくりの出前授業を大学生らと共に実施しています。また内モンゴル自治区からの留学生が研究室にいます。ということで,では内モンゴル自治区の小中学校におけるものづくり教育の状況を今回調査し,来年3月に日本の科学ものづくりの国際出前授業を学生らと共にやってみようという企画です。学生の企画として大学に認められました。

ところが,です。日本の授業よりすばらしい授業が進められているのです。中国の教員免許は2種類,高校までと大学です。日本は幼,小,中校は教科別,そして大学は免許不要です。中国の免許制度は日本と比べてシンプルですが,実際は何と幼稚園から教科(群)別に異なる教師が指導を行っています。大学の理科の先生と小学3年の理科他の授業を参観しました。その感想は「こんなすばらしい授業は日本の小学校で見たことがない」でした。日本の小学校では基本的にすべての授業を一人の教師が行いますが,そうしますと十分な教材研究ができません。新しい理科の実験をしようとしますと授業を行う前に予備実験を行う必要がありますが,簡単な実験でもあれこれ詰めようと思いますとすぐ2,3日かかってしまいます。多くの教科を抱えている場合,そんな悠長な準備はしていられません。他の教科もありますから。日本でどの教科でもすばらしい授業をされる小学校の教師がいらっしゃいますが,落ち着いて考えますとスーパー(ウー)マンでないとできそうにないですよね。

日本はもう少し根深いところに問題があるように思われます。

教育学部,特に,小学校教員養成課程というと分類上,文系と思う人が多いのではないでしょうか。高校生がそう思い,語弊があるかも知れませんが理系音痴が進学してきてそのまま小学校教員になる,その例が増えているようです。小学校といえども理系がわかる教師とそうでない教師に教わるのとでは大きな違いが出ます。高学年でなくてもです。データが古く,統計数も少ないですが,小学校中学年において2年続けて理科が苦手な教師が担任の場合理科嫌いになる子どもの比率が増えるというデータがあります。小学校中学年の理科ぐらい大卒であれば教科書に書かれていることは教えることは可能でしょうが,(理系が苦手であるという)その雰囲気が子どもに伝わってしまう,どうもそういうことのようなのです。工学部への進学率が減っていますが,工学部から高校に行って訴えても高校ではもう遅いそうで,もっと若年の段階で方向付けがされてしまっているようです。

日本の小学校教員は理系も文系も,そして当然子どもが大好きで,子どもたちの心を良く理解しリードしてゆけるオールマイティである必要があります。まじめに考えれば考えるほど大変難しい職であることがわかります。

ブログの作成

周りを見ると遅きに失した感がありますが,ブログを作成し,私なりの発信をすることとしました。

ブログはニックネームが多いですが,実名です。これは,研究者の端くれである(三重大学教育学部の教員です)以上は,実名で世に問い,良ければ評価,悪ければ責任を,という姿勢を維持したいからです。これは研究論文なら当たり前(匿名の論文投稿はあり得ない)のことですね。