技術科の意義
日本では中学校だけに,しかも「技術・家庭科」という一つの教科の中に技術分野があるだけの(通称)技術科ですが,こんなことをしているのは先進国では日本だけです。イギリスなどは小学校から高校まで必修の技術があります。さすが産業革命を起こした国ですね。
最近は「理科でもものづくりを行っている」「理科でも科学技術の対応をしている」ということで特に技術科を設けなくてもいいのではないか,などと技術科の陰がさらに薄くなってしまいそうな雰囲気もあります。
そんなものでしょうか。
理科で行うものづくりは(大まかに言えば)原理を理解するためのものづくりであり,技術で行うものづくりは既知の原理からいかに役に立つものを創るか,にあり,視点が全く異なります。例えばハイブリッドカーやiPodはこれらが開発された時点で使われている技術の原理はほとんど既知だったはずです。役に立つものとなると試作してみて不都合を「改良」する必要があります。原理的には良くても市場には受け入れられず,ボツとなる場合もあります。「生産性」,「採算性」,「デザイン」も含めて良いものとしなければなりません。「」の部分は理科では取り上げられない,つまり理科の範囲ではハイブリッドカーやiPodは出てこない,少なくとも出にくく,よほどこうした点の意義を認める理科の教師でないと技術的な本質を教えられないと思います。
人間の歴史を見ると道具を発明し,火をコントロールするところあたりが起源となります。その時には力学や,燃焼の化学は知らなかったはずです。つまり理科よりも技術の方が歴史が長く,もっと言えば技術は人間らしい営みの根本であることが見えてきます。
もちろん技術だけでいいということはありません。正しく技術を操るにはその根本原理:理科の理解が必要です。
このように理科教育と技術教育は相補的な関係にあるはず,なのに日本はあまりにも技術教育を軽視している,というのが私の主張です。
